理屈ではないところでさりげなく

2022/3/3

理屈で考えたら“こうすべきだ”ということが、どうしてもできない時もある。頭では拒絶していることが、本当は心が求めているということもある。はたから見たら、ちょっとおかしな行為でも、その人にとってはそれが最良の処方箋ということもある。

合理的な世界は美しいけれど、それだけでは人の発展はない。全く違う考えや性質を持っていても、通じ合うことができるという体験。合理主義的な人とそうでない人とが自然に妥協点を見つけて、お互いの世界を豊かにしていくということ。

そういうことは、とてもさりげないやりとりの中でこそ行われるもので、ことさらメソッドのようなものを作り出す必要はない。

一人一人が、自分の世界を侵されることなく、他人を傷つけることもない距離感を見つけていくことが必須なのだと思います。特に身近なところでは、その境界線が崩れやすくて、見えないところからじわじわと不利益を被ることもある。優しさや遠慮が仇となることも。

自らの分を守るということと、相手を受け入れるということのバランスが大事なのだと改めて思います。できることをさりげなく。